<今回もメディアの「から騒ぎ」が目立ちました>
平昌五輪閉会式の模様

平昌五輪閉会式の模様 (写真:報知新聞)

日本人選手の活躍が連日報道された平昌五輪が25日に閉幕しました。来月9日からはパラリンピックが開幕します。

大会前の一部の予想を覆し、日本選手の連日の活躍に沸いた平昌五輪が閉幕しました。
ロシアや北朝鮮の参加問題に代表されたように、過去に例がないほど大会前は政治色が強く、異様な雰囲気さえ漂わせていた大会でしたが、いざ開幕すれば選手たちのパフォーマンスが多くの人々を魅了し、成功裏に終わったという印象が強い大会でした。
一方で、日本の五輪報道は「相変わらず」の傾向が見受けられ、海外の五輪報道とは異質な報道が展開されました。

(以上 HEADLINE 2018.2.28)

< ほぼナイ! レビュー動画(Vol.32)【 見逃し配信を視聴 (YouTube)】>

『ココがヘン!ニッポンのニュース:『スポーツ報道特集』平昌五輪報道 etc:”Sports Journalism” 不在のメディア

<参考:玉木正之公式WEBサイト『カメラータ・ディ・タマキ』日本にスポーツジャーナリズムは存在するのか?

「がんばれ!ニッポン!」は「報道」か?

平昌五輪が終わった。
大会前は北朝鮮がどうするだの、ロシアの選手が出れるのかどうかだの、安倍総理が開会式に出るの出ないの、と、スポーツとは無縁の政治家の顔が五輪関連の報道で目立ち、かつてないほどまれな大会だった。
開幕後は日がたつにつれ、従来通り選手の活躍が目立つ、いつものような五輪大会となったのは何よりだった。
やはりスポーツの力は偉大だという事か。

その一方で、日本の五輪報道はいつも通りだった。海外の五輪報道とは明らかに異質な「報道」。

  1. 自国選手一辺倒の報道
  2. 露骨な自国選手に対する無批判な「応援」
  3. スポンサー重視の姿勢

この3つが日本の五輪報道(というかスポーツ報道全般に当てはまることだけど)の特徴で、海外のスポーツ報道とは大きく違っている。

ブラント姉妹

Brandt 姉妹 (写真:AP)

まず1つ目。『自国選手一辺倒の報道
これは何も日本だけの話ではない。海外でも、アメリカのメディアならアメリカ人選手、イギリスのメディアならイギリス人選手にスポットを当てている。
だけど、海外メディアは少なからず他国の選手にもスポットを当てようとする。
日本のメディアの日本人選手の報道量の偏りは際立っている。
ほぼナイ!」でボクは、アメリカの Lindsey Vonn 選手やアイスホッケーの Brandt Sisters の話題をあえて取り上げた。
この3選手は世界の五輪報道で恐らくトップクラスの注目度だったけど、日本ではほとんど注目されることはなかった。
Brandt Sisters なんて、あれほど大会前に女子アイスホッケー南北合同チームで騒いだのに、ある意味当事者である Brandt Sisters を、特に大会期間中に日本のメディアはほとんど取り上げていない筈だ。
多分床(とこ)姉妹の方が取り上げられたのではないか。別に床姉妹が悪いわけじゃないけど。

そして2つ目。『露骨な自国選手に対する無批判な「応援」
これも、海外のメディアにも同様の傾向がないとは言わない。でも、どこも横並びでがんばれ!ニッポン!」と言わんばかりの報道は、やはり異様だ。
五輪だけじゃない。例えば、良く言われるのはサッカー。
日本のサッカー報道は、特に日本代表には甘く、批判的な報道は少ない。
テレビ中継では、解説者が素人目線でも異常と思えるほどの「えこひいき」ぶりで、解説なのか応援なのかわからなくなるようのものも少なくない。
海外でも自国の選手がゴールを決めると大盛り上がりする放送は結構あるが、それでもマズいプレーに対しては批判する。

スポーツライターの玉木正之氏が指摘するように、日本のスポーツ報道は、おおよそ「報道」と呼べないほど、ジャーナリズム精神に欠けている。
そもそも日本では「スポーツジャーナリズム」というコトバをほとんど耳にしない。
玉木氏の指摘の通り、そもそも日本にはそんなものはほとんどないし、存在を考えることがないのかもしれない。
日本語にないなら、英語で書くしかない、ということで、今回のタイトルはあえて英語で『“Sports Journalism” 不在のメディア』としている。

全社がスポンサー、という異常

最後に3つ目。『スポンサー重視の姿勢
これも当たり前と言えばそうだけど、日本のスポーツ報道とスポンサーの関係は、やはり海外のスタンダードから大きく逸脱している。
その象徴が2年後の東京五輪。ほぼナイ!」で指摘した通り、今、とんでもない事態が起きている。それがコレだ。
< JOCスポンサー一覧
名だたる大手企業が並ぶ中、「JOCオフィシャルパートナー」の最下段に見覚えのあるロゴが並んでいる。
読売、朝日、日経、毎日。全国紙四紙が揃い踏みである。
あれ、産経は?という方、ご安心を。先日「JOCオフィシャルサポーター」になった事が発表されている。これでめでたく5紙揃い踏みとなった。
そして日本には、これも海外では規制の対象となっている「クロスオーナーシップMedia Cross-ownership」が公然と行われている。
読売→日テレ、朝日→テレ朝、日経→テレ東、毎日→TBS と繋がっていて、格は下がるが産経→フジも加えると、民放キー局5局が揃ったことになる。

一方、海外メディアがスポーツイベントやチームなど、スポーツ関連団体や選手個人のスポンサーになることは滅多にない。
仮になったとしても、その場合は報道から外れる。その競技は一切報道しない。その覚悟が必要になる。
なぜなら、自分がカネを出してるイベントやチーム、選手に対して批判することはできなくなるから。
Journalism とはイコール Criticisms つまり批判だ。

日本のメディアの間では、自分達がスポンサーになること自体がおかしい、という発想がない。
その象徴が恐らく日本一の人気と知名度を誇るスポーツチーム、読売ジャイアンツ(巨人)だ。
こんなに堂々とメディアが親会社になり、かつてのオーナーがチームを公然と販促ツール呼ばわりするような例は海外にはない。異常だ。

このように、自らがスポンサーになってしまっている日本のメディアは、ジャーナリズムが後回しになり、まともなスポーツ報道ができない状態になっている。
そしてこのことが、海外から見ると異質なスポーツ報道が行われる根源となっている、というと言い過ぎだろうか。
更に、五輪のような大規模なイベントを仕切るノウハウを持っている唯一の存在が、報道を含む日本のメディアのトップに君臨する電通であることが、この問題を更に根深いものにしていることも最後に指摘しておく。

はたして日本に健全な「スポーツジャーナリズム」が根付く日は来るだろうか。

イサ&バイリン出版 解説兼論説委員 合田治夫