Kaepernick氏起用のナイキ新CMに全米がまたも真っ二つ:トランプ vs. アンチの代理戦争(2018.9.26配信分レビュー:その1)
<3シーズン目に突入しました>
2018年のNFLレギュラーシーズンが開幕しました。シーズン開幕直前には、新しいナイキのキャンペーンCMにColin Kaepernick(コリン・キャパニック)氏が起用され、全米で大きな反響を呼んでいます。
2016年のNFLシーズン開幕直前のプレシーズンゲームで、Kaepernick氏は試合開始前の国歌斉唱の際に恒例となっている規律を拒否し、膝を立てたまま立たず、当時頻発していた黒人に対する政府や警官による差別的な扱いに対する無言の抗議であったことをその試合後に明かしました。
Kaepernick氏はその後の試合でも起立をしないことを明言したことで、氏の行為は米国民として不適切ではないかとの声も多数上がり、氏を批判する声と賛同を示す声とが全米を二分すると同時に、氏は一躍人種差別抗議運動の象徴となりました。
また、当時所属チームのエース的存在だったKaepernick氏は、前年の故障に加え若手選手の台頭もあり、徐々に出場機会を失いつつも16年シーズンは及第点の成績を残しましたが、所属チームとの再契約は果たせず、他チームからも一切声がかからないという異例の事態になり、17年、そして今年と2シーズン連続で”浪人”状態となっていました。
(以上 HEADLINE 2018.9.26)
< ほぼナイ! レビュー動画(Vol.38):【 見逃し配信を視聴 (YouTube)】>
『ココがヘン!ニッポンのニュース:Kaepernick氏起用のナイキ新CMに全米がまたも真っ二つ:トランプ vs. アンチの代理戦争』
<参考:ハフポスト> ナイキの広告で大論争、スニーカー燃やす人も… 人種差別に抗議した選手を起用
“I did it!” の異常
以前の「ほぼナイ!」でも一度取り上げたKaepernick氏を巡る「騒動」は、ついにNFL3シーズン目に突入した。
QB(Quarterback:クォーターバック)というポジションは、アメフトでは最も重要と言われ、攻撃の要であるだけに、アメフトの最高峰リーグであるNFLのQBともなるとアメリカでは圧倒的な注目度を集める、まさにスター選手だ。
Kaepernick氏は16年のシーズン開幕時点で、前年のケガに加えて他の選手の台頭もあってレギュラーの座が完全には保証されていなかったものの、過去には全米ナンバー1を決めるスーパーボウルにチームを導くなど、NFL有数のスター選手だった。
そんなKaepernick氏が16年のシーズン開幕直前に行われたプレシーズンゲームで国歌斉唱時の起立を拒否したことで、氏を取り巻く環境が激変した。
チーム(SF 49ers)内で徐々に出場機会を失ったKaepernick氏の契約は、16年シーズン終了時点で満了した。
チームは確かに大きく負け越し最下位に低迷したけど、それはKaepernick氏一人の責任じゃない筈で、実際NFLのQBとして氏個人の成績は他チームのレギュラーと比較して、決して見劣りするものじゃなかった。
確かにアメフトは戦略性の高いチームスポーツで、コーチ陣の方針にあわない選手が好成績を残しながらもチームから放出されるケースは少なくない。
でもそれ以上に、ボクの目から見て当時の所属チームである49ersは、周囲のKaepernick氏の行為(起立拒否やその後の人種差別に対する批判の言動)に配慮し、意図的にKaepernick氏の起用を避けようとしているように見えたし、現地アメリカのメディアも、シーズン終了後にKaepernick氏はチームから外され、再契約はないだろうと見るところが多かった。
そして当然のようにシーズン終了後、49ersはKaepernick氏と再契約することはなかった。要するにクビだ。
因みに49ersは翌17年も、エースQB不在もあって地区最下位に沈んでいる。
しかし、それ以上に全米で大きな話題を呼んだのが、17年シーズンにKaepernick氏が結局どのチームとも契約を結ぶことがなかった事だ。
本人が契約を拒否しているワケでも、刑事事件や薬物などの問題行動があったワケでもない、一応前年に水準以上の成績を上げていて、かつ実績も能力も十分というスター選手とどこも契約を結ばない、なんてことは通常あり得ない。
ボクの目から見て、49ersを除く31チーム中、Kaepernick氏より明らかに低い能力のQBしか在籍しないチームが、少なく見積もっても17年シーズン開幕時点で数チーム存在した。
現地でも多数のメディアが、Kaepernick氏がどことも契約できず「浪人」状態になっているのはおかしいと主張していた。
けど、現実は厳しい。Kaepernick氏は依然注目を集める存在でありながら、結局はどのチームとも契約を結べないまま、17年どころか18年シーズンが既にはじまってしまっている。
これ以上このまま月日が経てば、Kaepernick氏が16年シーズン以前の活躍を見せることは難しくなるだろうし、仮に明日どこかのNFLチームと電撃的に契約しても、既に活躍は難しいんじゃないか、と思う。
16年シーズン以前からKaepernickファンだったボクとしては、とっても残念だけど。
それどころじゃない。「ほぼナイ!」でも紹介したように、未だにアメリカではKaepernick氏を批判する声も少なくなく、NFL復帰どころかCMに出ただけでスニーカーが炎上するありさまだ。
ナイキのキャッチコピーである “Just do it.” になぞらえ、ナイキ社の商品を燃やす動画を撮影し “I did it!“(やってやったぜ!)のコメント付きでSNSに投稿する、なんて行為はどう考えても異常としか言いようがない。
『自由の国アメリカ』は本当?
よく『自由の国アメリカ』なんて言うけど、実際のアメリカはそんなに自由じゃない。という側面もある。
もちろん全部が全部そうじゃないけど、日本から見ると驚くほど保守的な側面もあり、「宗教右派」と呼ばれる存在が幅を利かせている。
もともとアメリカは二極分化が進んでいて、大きな社会問題になっている。
具体的には「都市部」と「地方」でまるで違う国のように大きなギャップがあり、「都市部」はアメリカの地理で言うと海岸部に多く、リベラルであらゆる差別に批判的な民主党支持者が多い。
一方、海から山に向かって「中」に入っていくと、いわゆる田舎が多い傾向にある。こういうところは保守的な人が多く、共和党支持者が多い。
こういう傾向は以前からあったし、ずっと問題が指摘されていた。
因みにウチ(ISA)も5年前にこういった問題に着目、 “Split” をキーワードとして、当時のアメリカで起こった事象を紹介するイベントを開催、多くの方に参加していただいた。
実はその傾向は改善するどころか、ますます強くなっている。
その最たる原因は、明らかにトランプ大統領の登場だ。
アメリカ史上、いろんな意味で最もエキセントリックな存在であるトランプ大統領の言動は、明らかにアメリカ国内の対立をあおる結果になっている。
そして、それを意図的にやっている、と言われている。
社会の分裂が進めば進むほど、自分の支持者とそうでない人々が対立し、その結果、自分に対する支持が強固になる、ということをトランプは熟知しているのだと。
事実、トランプは自身のTwitterなどでKaepernick氏や彼を支持する人々を繰り返し、激しく批判している。
Kaepernick氏の抗議行動は、偶然なのか意図的なのか、トランプ大統領の登場とほぼ一致している。
2016年のNFLシーズン開幕直前と言えば、ちょうど大統領選挙のまっただ中で、トランプの激しい言動が大きな注目を集めると同時に、リベラル層から強い危機感が示され始めていた頃だ。
あの頃からアメリカは何も変わっていない。いや、もっと先鋭化しているとも言われている。
それでも、アメリカには希望もある。
現地時間の9月27日午前、Kaepernick氏の元チームメートで氏に賛同して16年に起立拒否を共に行い話題となった、Eric Reid選手が49ersと同地区のパンサーズと一年契約を結んだことがチームから発表された。
ReidはKaepernick氏と違い、17年も49ersに残りプレーしていたけど、17年終了後に契約が切れ、契約先がない状態が続いていた。
ReidもNFLを代表するスター選手で、本来なら契約先が見つからないなんて異常事態だけど、シーズン開幕後にようやく、しかも複数年契約が常識の米プロスポーツの世界で一年契約とは… 😡
周囲が騒がしくなればクビ、というパンサーズの意図が見えるような、見えないような。
因みに、その後の試合でReidは早くも先発出場したそうで、何より。更に、試合前の国歌斉唱では起立拒否、以前のように跪く抗議行動を行ったものの、大きな騒ぎにはならなかったようだ。
と、アメリカ社会の問題を今回は取り上げたけど、日本はどうか。
アメリカほどじゃないけど、安倍支持者とアンチ安倍の分断は、かなり大きくなっているように感じる。
ただ、それ以上に気になるのは、何のかんの言って堂々と自分の信じることをしっかり主張していくという空気が明らかに存在するアメリカと違い、日本には無言の「同調圧力」が存在する。
企業にも、そして何よりメディアにも。
例えば日本の企業のCMで、自社商品を燃やされる覚悟で反安倍を叫ぶ有名人が起用されるだろうか。
そもそも、日本では芸能人やスポーツ選手が政治的・社会的スタンスを声高にアピールすることはおろか、明確にすることすら、まずない。
それは日本の著名人には政治的・社会的スタンスがないのではなく、メディアがそういった人を起用しない、という実に根深い理由があるからじゃないか。
そしてこっちの方が、スニーカーやキャップを燃やして “I did it!” なんて騒ぐより、よほど始末に悪い、とボクは思う。
イサ&バイリン出版 解説兼論説委員 合田治夫