トランプ vs 大手メディア “enemy” 発言で対立激化:メディアと権力者の「正しい」関係(2018.8.29配信分レビュー:その2)

<何度目かのピンチに直面しています>
Trump大統領

トランプ大統領

トランプ大統領の不倫疑惑をめぐる大手メディアとの騒動は、トランプ大統領がTwitterなどで一部メディアを “the enemy of the people(国民の敵)” と再三呼んでいることも加わり、更に対立が激化しています。

トランプ大統領とCNNやニューヨーク・タイムズといったアメリカの大手メディアは、大統領就任前から過去に例がないほどの対立関係にあり、大手メディアの激しいトランプ批判が連日続く一方、トランプ大統領もメディア批判を自身のツイッター上で展開、激しくメディアを罵倒する、という異例ずくめの展開を見せています。
中でも、ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストなどの反トランプ色を鮮明にしている大手紙に対し、トランプ大統領が “the enemy of the people(国民の敵)” と呼んだことをメディアが問題視、全米で350以上の新聞が16日付の社説に一斉に反論を掲載、これにトランプ大統領もすぐさまツイッターで反論するなど、メディアと大統領の関係は完全に泥沼化しています。

(以上 HEADLINE 2018.8.29)

< ほぼナイ! レビュー動画(Vol.37):【 見逃し配信を視聴 (YouTube)】>

『ココがヘン!ニッポンのニュース:トランプ vs 大手メディア “enemy” 発言で対立激化:メディアと権力者の「正しい」関係

<参考:BBCニュース「メディアは国民の敵なのか」 大統領の娘や報道官の答えは

“Enemy of the People” とは

ほぼナイ!」でも何度も取り上げてきた トランプ vs 大手メディア の対立は、いよいよ感情のもつれというか、「ガキのケンカ」のような状況になってきた。
すっかりおなじみになったトランプのツイッター攻撃は、Fake Newsフェイクニュース という世界的な流行語を生みだしちゃった上に、自分に対する批判的な報道を繰り返す大手メディアを Fake News Media と呼んできたけど、ついに8月19日(日本時間)には “This is why the Fake News Media has become the Enemy of the People. So bad for America!” とツイート、”Fake News Media” は晴れて(?) “the Enemy of the People” に格上げ(?)すると宣言した。
トランプはこの “Enemy of the People” が気に入ったのか、ツイート以外に演説とかにも使ったりしている。
ちなみに “Enemy of the People” は、トランプの造語じゃなく、ヘンリック・イプセン(ノルウェー)って劇作家の作品のタイトルで、後に同タイトルでドラマ化されたらしい。見たことないけど。
テレビ好きのトランプがここから引用したと考えるのは、すごく自然じゃないかと思う。
あ、あと “Enemy of the People” って言葉は、「裏切者」って意味で使われることが多く、多分トランプもこのニュアンスで使ってる、と考えるのが自然でしょう。

日本では一部のネットで、テレビ朝日がこの “enemy” 発言を取り上げた際、トランプが演説で “I call the fake news “the enemy of the people”” と言ったのを「メディアを国民の敵と呼ぶことにした」と字幕を入れて、これが誤訳だ、意図的だ、と盛り上がってたみたいだけど、トランプはこれまでにさんざん大手メディアの反トランプ報道を “Fake News (Media)” と呼んできたので、今回も “Fake News“=”反トランプメディア” と考えるのが自然だ。それより people は国民、と呼ぶより民衆と呼んだ方がしっくりくる。こっちの方こそ問題にすべきじゃないかと思うけど、どうやら日本のネット上は、そこは問題視する気はないらしい。
いずれにせよ、今回の演説での発言「だけ」を見れば、正確な訳じゃないように見えなくもないけど、過去の日本のメディアが連発してる誤訳の方がよっぽど意図的だろうし、字幕の字数制限とかを考えても、普通の意訳と取っていいんじゃないか、と思う。

実際、現地のメディアは既に違うところに焦点が移ってて、「”Fake News“が”敵”ってどういうことだよ?前からオレ達のことをさんざん”Fake News Media“って言ってきたんだから、オレたちメディアの事を”敵”って言ってんのか?だったらただじゃすまねーぞ。そこんとこハッキリさせろよ」という事になって、全米でほとんどの新聞が一斉に社説でトランプに反論すると同時に、滅多に(自分に批判的な)メディアと記者会見でやりあうことの少ないトランプを待ってられない、ってことで、娘(というより大統領補佐官)のイヴァンカや報道官のサラ・サンダースに「メディアは国民の敵なのか」と直接質問する、という事態に発展した。
この質問の模様を動画と共にBBCがウェブサイト上に載せているので、それを参考として取り上げさせてもらった。コレだ。
ほぼナイ!」配信時でも、ボクが興奮交じりに何度もご紹介しているもので、お約束通りこのレビューブログでも改めてご紹介した次第。

決してホメられたもんじゃない、けど…

さっき言った通り、トランプと大手メディアの「バトル」は、どう好意的に見ても「ガキのケンカ」状態だ。
トランプが歴代のアメリカ大統領の誰よりも下品で、思い付きを頼りに自分勝手に動く大統領であっても、一方的にトランプを批判し、常に一定数は存在するトランプ支持者がトランプを支持し、逆に大手メディアへの信頼をトンコトンまでなくしている現状を決して認めず、トランプ支持者の声を正面から受け止めようとしないアメリカのメディアも、決してホメられたもんじゃない。
トランプと、どっちもどっち、ってところじゃないか。

そもそもトランプ大統領誕生の最大の功労者は、トランプが “Fake News Media” と呼ぶ大手メディアだった。
大統領選に勝つ見込みはゼロ、と誰もが信じて疑わなかった選挙戦序盤で、本来なら注目されるはずのない「泡沫候補」の一人に過ぎなかったトランプを積極的に取り上げたのは、「天敵」であるはずの大手メディアだった。
政治の全くの素人で、当時からお世辞にも品がよいとは言えなかった、ただテレビの人気番組に長年出演していたことで知名度だけはあった、というか知名度しかなかったトランプは、あまりのハチャメチャ振りに加えて最終的には絶対負けるであろうという安心感も手伝って、トランプは選挙戦を通じて大きく取り上げられ、注目され続けた。
大手メディアがこぞってトランプを取り上げたのは、どうせ負けるだろうから心おきなく取り上げて、視聴率や部数を稼いじゃえ、という決してホメられたもんじゃない動機からだった。
しかし、これがとんでもないキャンペーンになった。選挙戦が進むにつれ、本人を含むトランプ陣営のスタッフすらもトランプの勝つ可能性がゼロと思っていたはずの選挙情勢が変わりはじめ、徐々にメディアが自分たちの間違いに気付き軌道修正をしはじめた頃には、あり得なかった筈の、そして決してあってはならないと多くのアメリカ国民が思っていた、トランプ大統領誕生という「悪夢」への勢いを食い止めることは不可能になっていた。
視聴率や部数といったカネに魂を売り、メディアにとって最も重要な筈の公平性を失っていると言われている最近のアメリカのメディアを象徴する出来事、それがトランプ大統領の誕生なのだ。

そんなアメリカの大手メディアは、自らの失敗を取り返そうとするかのように、ヒステリックなまでのトランプ批判を続けている。
大手メディアは、トランプ憎しの感情が強すぎるからか、明日にもトランプの 弾劾Impeachment が成立するかのような報道が続いているけど、実際はそうじゃない。
トランプの弾劾、つまり大統領職をクビになる可能性は、少なくてもこれを書いている9月中旬の時点では、それこそほぼゼロと言っていい状況だ。
ついでにいうと、このところ飛び交っているトランプ側近の逮捕とかも、トランプの抱える最大の爆弾、ロシア疑惑には全く影響がない。
トランプ政権の外堀すら埋まってないのが現状だ。
にもかかわらず、連日のアメリカのメディアは、大統領選の時とは反対の意味で、公平性を欠いていると一部で指摘されている。ボクがどっちもどっち、というのはこのことだ。

サラ・サンダース報道官

Sarah Sanders 報道官(写真:AP)

ほぼナイ!」では、これまで日本の大手(記者クラブ)メディアがいかに海外メディアと違って問題が多いか、という事をさんざん批判してきたけど、欧米のメディアだって実は完璧じゃない。
特に、アメリカの大手メディアは様々な問題を抱えていて、米国内だけじゃなく、国外からも様々な問題が指摘されてきた。
けど…それでもあえて言う。日本の記者クラブメディアよりかは、はるかに、はるかにマシだ。
その一端が垣間見えるのが、「トランプ vs メディア」の代理戦争となった「サンダース報道官 vs メディア」が繰り広げられたシーン。
先ほど参考でご紹介したBBCのページに、このバトルの動画が掲載されている。
そこには、海外のジャーナリストなら当然のように普段から行っている、そして日本の大手メディアに所属する記者は決して行わないシーンが、わずか2分ほどの動画にバンバン収められている。

  1. 取材対象者(今回の動画で言うとイヴァンカとサンダース報道官)へのリスペクトは示しつつ、ガンガン切り込む(特に今回はサンダース報道官への切り込み)
  2. 自社の特ダネがどうとかよりも、いかに取材相手から情報を引き出すかを最優先する→
  3. →そこで、取材対象者が記者の追及をかわそうとしていると気づけば、その追及を行う記者をまずフォロー、援護射撃する

今回の動画では、メディアは民衆の敵か、とトランプに直接ツッコめないので、代わりのサンダース報道官にCNNのアコスタ記者(質問する男性の声の主)が問いただしている。
質問に対し、サンダース報道官はいかに自分がメディアの取材で被害を被っているかを熱弁、矛先をかわそうとしている。
ここでアコスタ記者は 1. を発動。メディアの取材が過熱して取材対象者に被害が及んでいることに対して、まず遺憾の意を示している。
ホントにアコスタ記者がサンダース報道官に同情していたかは甚だ怪しい(というか口だけのようにしかボクには感じられない)けど、それでも最低限の礼儀は守る。フェアだ。
その上で更に畳みかけるアコスタ氏に対しサンダース氏は追及をかわした。
動画をよく見ると、サンダース氏が次の質問者を指名したことが分かる。アコスタ氏の声が聞こえる方向とは全く違う方向を指している。逃げようとしたのだ。
ここで 2. と 3. が発動される。サンダース氏が違う人物を指名したのに、アコスタ氏の質問がさらに続いている。
なぜそんなことができたのか。指名されてもないのに。
それは、指名された別の記者があえて質問しないことで、暗にアコスタ氏に譲ったのだ。
もしかしたら、映像には記者席が映ってないのでわからないけど、あてられた記者はアコスタ氏に譲る、「ジム(アコスタ)、あんたが続けろ」とジェスチャーで示したかもしれない。
いずれにせよ指名された記者は、自分が質問するよりアコスタ氏に更にツッコませた方がいい、と判断したのだ。
日本の記者クラブがやる記者会見だとこうはいかない。
定例の菅官房長官の記者会見とかだと、記者の質問の順番が基本的に決まっていて、なんなら質問内容まで事前に決まっている。
こういうのを「出来レース」という。あるいは「ヤラセ」。
官房長官を徹底的に追及する、なんて気はさらさらないし、たまに、以前「ほぼナイ!」でも取り上げた東京新聞の望月衣塑子記者のように、記者クラブの予定調和を無視する記者が出てくると、他の記者クラブメディア所属記者は援護射撃どころか、はみ出した記者を後ろから狙い撃ちしてくる。
「あんたの質問の番じゃない」「なんでそんな質問するんだ(官房長官がお困りじゃないか!)!」
なるほど、質問者へのリスペクトを示してるつもりなのかもしれないけど、それは勘違いも甚だしい。
国民の尋ねたいことを代弁するのが、記者の果たすべき使命だ。
取材対象者に気に入られて、特ダネを(取るんじゃなくて)もらったり、社内で出世したりすることは、記者の使命じゃないというのは、海外ではどの記者もわかっている。
「うそーん、そんなことは先輩からも聞いたことがないよ」
とか、言い出しそうで怖いんだけど、大丈夫でしょうか、記者クラブの記者諸氏。激しく不安。

最後に。
日本の大手メディアは、そんなアメリカの大手メディアの報道を焼き増ししてるだけなので、やはりトランプ批判に加え、弾劾間近という米大手メディアの希望的観測に基づく(トランプ言うところの)「フェイクニュース」をそのまま垂れ流している。
こうなると、世界最大の「フェイクニュース」は日本の記者クラブなんじゃないか、と本気で心配してしまう。

イサ&バイリン出版 解説兼論説委員 合田治夫

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